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三男ネイサン、綿の買い付けのためイギリスへ
かねてからヴィルヘルム9世の金庫管理業務へ食い込む方法を考えていたマイヤーは、5人の息子達の力を借り、1789年、ついに大銀行と同じ立場で、正式な宮廷の金融機関に加えられました。その10年後、今度は三男ネイサンを繊維産業都市・マンチェスターへ送り、綿製品の買い付け業務を行わせました。というのも、当時、パリの革命がドイツの流通混乱を引き起こし、結果として綿製品の高騰を招いていたことが、大きなビジネスチャンスだったのです。マンチェスターで安く仕入れた綿製品をドイツへ直送販売することで、ロスチャイルド商会は莫大な利益を手にしました。しかし1804年になると、ネイサンは綿製品の輸出入利益に魅力を感じなくなり、銀行家になるという夢とともにロンドン金融街へ向かったのです。
特定の相手にのみ伝える方法
18世紀の交通手段といえば、せいぜい駅馬車程度。好天、しかも順調に走れる、という前提があったとしても、フランクフルト~マンチェスター間は片道一週間程度かかったようです。そのため、マイヤーが手紙や手形のやり取りをする際は、絶対に署名をせず、ユダヤ人しか知らない“イディッシュ語”に暗号のような決まりごとを組み合わせた“暗号手紙”で意思疎通を図っていました。