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責任と利益の平等分配
5代目から6代目の時代に移る頃のロンドン分家は、人数が増えたことにより、家系は3つに分化していました。が、長兄ライオネルはエクスベリーでの園芸に没頭、従弟のヴィクターは諜報や政治活動に夢中、といった有様で、銀行経営に関わるつもりは毛頭なかったため、アントニーが経営を一手に引き受けていました。そのためアントニーは、一族の家訓である「利益と責任の均等分配」をせず、選挙権のある一般株の配当を自分が60%、ヴィクターに20%、という配分で割り当てたのです。
ロンドン家、分裂
ヴィクターの息子ジェイコブは「銀行は金の融通だけでなく、顧客に知恵を与え、交易の発展の触媒になるべき」という考えのもと、子会社ロスチャイルド投資信託銀行を設立しました。しかしその際、「所有株が20%に過ぎないヴィクター家の息子が、なぜ主導権を握るのか」と、60%の株を所有しているアントニーの息子イヴリンが苛立ちはじめます。そして1980年、ジェイコブとイヴリンの意見の相違から、ロンドン家は分裂してしまいます。